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ハイデルベルヒ事件 (その1) 暗示の威力/被害者の知らない犯罪 催眠術によって性犯罪も ハイデンベルヒ事件 (その2) この事件の示すもの |
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| ハイデルベルヒ事件 (その1) 暗示とその催眠は、犯罪にも、またその捜査にも用いる事が出来ます。催眠術を初めて人にかけるときは多少手間を取りますが、一度かかった人は簡単にかけられます。何回かかけた人は一言の暗示(キーワード)や身振りでもかけられるようなことになります。一見、持続治療の場合は手間が省けて便利の様に思われますが、じつに危険な事も考えられます。 そういうやり方では、治療が終わったあとでもなお、服従的・依存的な態度が残る恐れがあるからです。これは術者のやり方ばかりとは限りません。患者の性格的なものが大きく支配されます。催眠中の暗示の与え方で何時までもそういう態度が改まらない事があります。よくある例では新興宗教などで、信者が全く不合理な信仰に陥って、常軌を逸する行動に出るのも一種の催眠状態にあるからです。家屋敷まで売り払って教団に寄付したりする事は、普通の心理状態とは思えません。 催眠が宗教の仮面をつけて用いられると、暗示の力が神仏の効験と考えられて、術者はいつのまにか偉大な力を持つ救世主と祭り挙げられたりします。こうなると催眠は、「妖しい魅力」を持つことになります。キリストの奇跡と称するものの中に催眠と思われる要素が多分にあるからです。宗教に含まれる催眠が現象が弊害ばかりもたらすとは言えません。要するに教団幹部の人格の問題であると言えましょう。 催眠が犯罪に利用された例では、有名なハイデルベルヒ事件と言うものがあります。この事件が、犯行が犯行に催眠術が長期に亘つて使われた事と、それを調査するためにも催眠をつかった点で、他の事件で見られぬ、特異で、且つ、催眠と犯罪の関係をしめす点でもっとも典型的な関係を示すケースとも言えます。 1934年の夏に、H.Eと言う人が、「妻を病気に陥れて、金を強要する者がある。」と訴えて出た事から警察の調査が始まりました。警察はハイデルベルヒの内科医(警察医)ルードウウィッヒ・マイエルに調査を依頼し、あらゆる催眠技術を駆使して、長年、苦心調査の結果、遂に犯人の摘発に成功しました。犯人はフランツ・ワルターという男だったのですが、調査の始めには、夫人は、男の名前も人相も、場所も思だす事も出来なくて、手のつけようがありませんでした。 マイエル医師は、これは催眠中に「それまでの出来事の全てを忘れる、という暗示を強く与えたものに違いない。」と判断したもで、何回も催眠面接を行ない、少しずつ記憶をたどって行く事にしました。こうして、H・E夫人は結婚前から、その男に催眠治療を施され、すっかりその男に魅せられて、結婚後も交際をつづけ、思うままにになっていたことが分かりました。その男は、いろいろの病気を暗示によってつぎつぎと作り上げ、それを催眠治療ですぐに治してくれるのですが、その都度、大変法外な治療代を巻き上げていました。(日本の新興宗教でもこれと同じ手段で信者から大金をせしめている宗教もあります。この犯人は、そうとうな高級な催眠技術にたけていたものとみえ、E夫人に「合言葉」や、「キ−ワード」を与えており、夫人がそれらの「合言葉」や、「キーワード」に遭遇すると、たちまち深い催眠状態に陥る様にしむけ、覚めてからは催眠中の出来事を全て忘れる様に後暗示効果で訓練されていたのです。この様な手の込んだ細工がしてあったために、調査は非常に困難をきわめ、19ヵ月もかかって、ようやく犯人を確定する事が出来たのです。催眠術も、こういう人間に使われたのでは、まさに妖術といわなくてはなりません。 暗示の威力 被害者の知らない犯罪 暗示と催眠は犯罪にも、またその捜査にも用いることができます。本稿のヒデルベルヒ事件は催眠術が徹底的にに用いられていることと、いろいろな高等技術が使われていることで、とくに興味深いケースと言えましょう。しかもこの記録が、この事件の調査にあたつたマニエル医師により、1937年にミュンヘンのレーマンス出版社"Das Verbrechen in Hypnose" (催眠状態での犯罪)と題して出版されてので、事件の内容を正確に詳細に知る事が出来たからです。 1934年、H・E氏という人が訴えにより、メイエル医師が調査に当たることになった。彼が夫人を診察した結果、精神病的な徴候も、器質的な疾患(身体器官の病気)も全く無い事も分かったが、どうしても犯人の氏名・住所等が一切思い出せない。しかし、犯人以外の事になると記憶の障害は全くないから、これは催眠暗示に依るものだと判定された。事実夫人も 「その人が私の額に手を置くと、うっとりして、あとは何も分からなくなるのです。」といった。 そこでマニエル医師は同じ方法で、つまり、夫人の額に手を置いて催眠誘導を行なったところ、夫人はたちまち催眠状態に陥いった。この様な事を繰りかえして、深い催眠状態に導いた上で、マイエル医師は初めてその男に会った時の事を思いださせることが出来た。 「それは私がまだ結婚しない前の事でした。胃を患って、医師の診察を受けるために、ハイデルベルヒを出かけました。その車中で、その人が私の前の席にかけたのです。」 「私が病気の話をすると、その人は、そうだろうと思っていた、そして、自分はカルルスルーエのベルゲンという医師で、あなたの病気の専門だ、と言います。 ハイデンベルヒの駅に着いたとき、コーヒを誘われましたが、気が進みませんでしたが、荷物を持つてくれたり、いろいろと親切にしてくれましたので、其の侭ついて行きました。ついフラフラとして、どうにもならないという気持ちになりました。それからカルルスルーエかハイデルベルヒの駅で落ちあって出かけることになったのですが、治療を受けた場所は思い出しません。」 マイエル医師は、何回かの催眠面接を試みた後で、その人と合っている場面を心象として思い浮かべぶように誘導した。すると夫人は、「どこか分かりませんが、ハイデルベルヒにある部屋の中です。小さな部屋に寝椅子とテーブルがあります。あの人に出会った時、”あたりは暗くなった。” と言われると、本当に暗くなって、そのままここに連れて来られたのです。部屋に連れこまれたのですが、部屋のとを開けると、明るくなりましたが、この部屋であの人が何をしたかは、思いだせません」と言う。 こうして数ヵ月後、フランソワ・ワルターと言う男が詐欺犯で捕まった。この男の人相や髪型、着衣までも、夫人の思い浮かべる心象と一致するばかりでなく、医師を装うて詐欺を働いた行動まで似ているので、夫人とこの男を合わせたところ、夫人はベンゲル医師に違いないと頑強に否定する。そのうち夫人の方も「よく分からなくなりました。」と言い出した。今一歩というところで、犯人の確定はダメになりました。 夫人に更に詳細な記憶を呼び起こさせる必要に迫られてたが、これ以上の記憶引き起こさせる事は大変難しく、犯人は催眠中の出来事ばかりでなく、催眠にいたるまでの経過までもすかり忘れてしまう様に暗示していたとみえて、容易にその記憶は回復しなかった。 然し人間は、一度記憶したものは脳の中に保存されていて、記憶化されないだけだ、という心理学の法則を確信するマイエル医師は、更に深い催眠状態に導いて、脳の中に保存されている記憶を意識化する事を試みた。次第に記憶の想起に成功していった。 E夫人はまず、自分がワルターといっしょに、水泳プールに行ったことを思い出した。そこで夫人を催眠状態に置いたままで、「水泳プール」と言う言葉で思いつく事は何でも、どんなことでも話させる様に仕向けた。(この方法は一種の索引法で、人の名前など思い出せない時、電話帳を繰ったり、五十音で検索したりして、頭文字を探し、それを手掛かりにして全部の名前を思いだす方法であり、精神分析では「自由連想」といわれる方法とおなじだが、相手を催眠状態に置く点が違っている。これは「催眠分析」と呼ばれ、抑圧が強く、記憶の忘却が著しい場合は、この催眠分析依らなければ、到底忘れた記憶を取り戻す事が出来ない。 E夫人は催眠分析によって、次ぎの事を思い浮かべた。「白いバス・タオルが目に浮かびました。両端に青い縞のあるタオルです。ああそうだ、それからワルターのところで、薄紫の縞のあるタオルを見掛けた事があります。」 この証言によって、「水泳プール」と言う言葉から、連想により次々に記憶たどって、事件と関係がありそうな言葉として、次の数語を思い浮かべる事ができた。 (1)靴─── 靴屋─── 5マルク (2)ライヒトビノ── (3)自転車─── 6071 (4)17───手紙───ワルター─── 行けぬ───暗い───19−3 (5) コムバルス (6)ロギジティフ 夫人が催眠から覚めているときには、これらの言葉を示して、連想を求めても、何一つ思いだすことができないが、催眠状態にしておくと、たちまち、いろいろのことを思い浮かべることができた。 (1)「靴───靴屋───5マルク」に対しては、ワルターがある靴屋で黄色い靴を買ったが、その時古い靴を下取りさせて別に5マルク払ったと言う事を思い出した。警察は、その靴店について、この事を確かめることができた。 (2)「ライヒトピノー」については、「ワルターは私が、”もしも、あなたが警察で調べられるようなときは、自然にライヒトピノーという言葉が浮かんでくる。そうすると、私に不利な事は、いっさい言えなくなくなります。”と申しました。」と述べた。 (3)「自動車── 6071」に対して、夫人は、「ワルターと泳ぎにいったときに、6071、6071と言う数字を見ました。それは自動車のナンバー・プレイトについていたようにおもいます。」というので、警察が、その番号の自動車を調べると、ワルター、変名で借りていた事実をつき止めることができた。 (4)「17── 手紙 ── ワルター ── 行けぬ ───暗い── 19−3」に答えて、夫人は、「私がゆけぬ時は、カルルスルーエ、B街17のワルターに手紙を出す事になっていました。私が手紙を書き終わると、いつも、まわりが暗くなって、何を書いたか分からなくなってしまうのです。」と述べた。この場合、最後の19−3という記号が「鍵」となって、記憶が抑圧が更に徹底的に行なわれたものと考えられる。 (5)「コンパルス」については次ぎの記憶がよみがえった。 私がワルターと、ホテルで食事をしているときでした。Bという男が近ずいてワルターと話していましたが、ワルターは、”ご満足の行くように取り計らいましょう。”といって、その男から20マルクを受けとった。それからM街にある家までワルターに連れて行かれたが、そこでブロンドの女中が現れて、”Bさんお待ちかねですよ”と言った。ワルターは私の頭に手を置いて、”君がなんと思っても、Bが求めるとうりのことを、君がするようになる。そしてあとでそれを忘れてしまう。君はコンバルスと言う言葉を思い浮かべるが、そうすると深い眠りに落ちて、君が何処にいるかと言う事も、君のみに起きた事もみな忘れてしまう。”と言いました。 ワルターはたびたびこういうことを試みましたが、私はいつでも”コンパルス”という言葉を聞くと意識を失ってしまうのです。今でも、そのあいだに、どんなことが起きたのか全く覚えていません。私は決して、だらしのない女でも、悪い女でもないつもりですのに─── 恥ずかしくて死んでしまいたいくらいです。」 ワルターはこの他に、夫人に対して、「私が設けた記憶の限界を、あなたがむりに超え様な事をすれば、あなたは死んでしまうでしょう。」と脅かしていた事もわかった。こういう暗示は、夫人の心に強い恐怖心をうえつけられて、記憶の抑圧をいっそう完全なものにしているのである。 マイエル医師の調査によって、ワルターが真犯人である事は、ほぼ明確になったが、それと共に、犯人の催眠技術がなみなみならぬ事も明らかにされた。催眠中の出来事や、その段階での行動をいっさい忘れさすために、合言葉(キーワード)をつくったり、鍵数字を使うことで条件づけていった。また、催眠の初めと終わりにも、合言葉や鍵数字で操作が出来るようにしてあった。例えば、(5)の「ロキリジィフ」という言葉を聞けば、E夫人は、たちまち深い催眠状態に陥る様になっていた。そして、こいうふうにしっかり条件づけられていたので、ワルターでなくても、この合言葉を知っている者は誰でも、それを鍵として使って、夫人を催眠状態に導き、命令に従わせることができたのである。上述のワルターに手引きされて、夫人と肉体交渉をもった、Bという男なども全て合言葉をつかっていた。 こういう手段が、いろいろと取らえていたために、記憶の抑圧が強く行なわれて、その回復には思いのほか手間取りました。普通の自由連想法の程度では到底思い出せるような代物ではなかったのです。催眠術を使えば単に「思い出す」というだけではなくて、その情景を幻覚として見る。つまりこれを夢の様にこれを「見る」事が出来ます。この時思いだす「鍵」があれば、想起が楽に出来ます。前の例でいえば、「水泳プール」がこれです。こうして催眠術を使って記憶を思い起こせば、その時の情景から、会話の内容まで完全に思いだすことが出来のです。もう少し、この事件について 説明しましょう。 催眠術によって性犯罪も E夫人は深い催眠状態で、マイエル医師の暗示に従って、情景を夢の様に見ていく。「1930年の秋でした。火曜日の夕方、7時頃でした。ベンゲル医師は、私の手を取って、”さあ、いっしょに行きましょう。あたりはだんだん暗くなってきました。なにも見えなくなります。私が連れていってあげますから、ついていらっしやい。”といいます。私は目を開けているのですが、何も見えません。どんどん歩いて行きますが、あたりは夜の様です。」 ここでマイエル医師が、「何街に居るのかよく分かります。電車の行く先も、家並も、店屋もよく見えます。さあ、何処に居るか、お話下さい。」と誘導する。夫人は、「分かりません。私達はどんどん道を急いでいます。あの人が”あなたは何処にいるかが分からない。あなたは私といっしょに歩いておればよい。何も恐がる事はない。”といいます。手をしっかりと握って居ます。あたりは真っ暗です。あの人とは、しょっちゅう、ささやきつづけています。”なにも見えないでしょう。すっかり真っ暗です。どこにいるか分かりません。さあ私といっしょにいらっしゃい。”あの人は部屋の戸を開けて、もう見えなくなりました。」E夫人は、話すのをやめて、しばらく、手でなにかを何ものかを防御するような恰好をしていたが、「あの人は手を私の額にのせています。”寝椅子の上で寝なさい。私は治療を受けるのです。静かに眠って。”と言います。そしてすかり眠りにはいりました。”あなたは、ここで起きたことは何も覚えていません。”とあの人の声が聞こえています。」夫人はここで、再びかぶり振り、両手で何かを押しのけるような恰好をしたが、やがてうめき声を挙げ、続いてすすり泣き出した。マイエル医師が話しを続ける様にうながすと、 「────あとであの人は、どうされたか知っているか。と尋ねました。しかし、その時私は何も、こたえらなかったのです。でも、いまなら答えるれます。私が寝椅子に横になったとき、あの人はキッスをしようとしました。私は押しのけました。大声を出そうとしましたが、声はでません。私は体を固くしていたなですが、なんの役にも立ちませんでした、あの人は私の体を撫でて、膝を伸ばしました。”あなたはぐっすりと眠ります。声を出す事が出来ません。どうする事も出来ません。”と言います。私の手を後ろにまわして、押さえつけてきました、あなたは、もう動くことが出来ない。あなたが目を覚ました時、なにも覚えていない。”と言いました。 私は長い間、その事を忘れていたのです。思いだせなかったのです。催眠術のお陰で、急に思い出す事が出来ました───あの人は私を恥ずかしい目に合わせたのです。」 夫人は、激しく泣き出して、なかなか平静を取り戻すことができなかった。 つづく ハイデンベルヒ事件 (その2) *幻覚の例としては、最も驚くべき報告が載っています。 マイレル医師は、夫人に一枚の白紙を渡して、「ワルターの手紙が、ここにあります。お読みください。」と暗示した。すると、夫人はたちまち幻想を起こし、白紙の手紙をみて、次ぎのように読み上げていった。「本月13日、4時、ハイデルベルヒの駅の出口まで来られし。この手紙は破って捨てる事。医師ベンゲン」 こうして、覚醒中には全く思いだせなかったワルターの手紙を、催眠中には、幻視として完全に見る事ができた。(これも催眠分析の一つの方法です。) *病気をつくってはなおす マエル医師はこのほかいろいろな方法で催眠分析を行ない、調査を進めた。その結果、わかった事は、ワルターは、催眠術をかけて、夫人を手中におさめためたのち、つぎつぎに病気の暗示を与えていた。それも苦痛を伴う症状を暗示したのである。最初に「横隔膜が化膿している。」と言う暗示与え「手術しなければならぬ。」と言って催眠にいれ、覚めると、催眠中に手術をしたから、とその料金を請求している。夫人は、「帰り道に手術のアトが痛みましたので、多分手術をしたのだろうと思いました。」と言っている。 次には、夫人の左手の指が硬直硬直して動かなくなると言う暗示を与えている。これについて夫人は、「1931年に、右手の指が堅くなって、どうしてもうしても曲がらなくなりました。その次には、指が曲がってしまって、今度は開かなくなったのです。ワルターは、それは指の筋肉のせいだと言っていました。ワルターがマッサージすると開く事が出来たのです。」といっている。 夫のE氏は、 「およそ8〜10週間、妻の手はシビれて、指を曲げる事が出来なかったようです。それから2週間ばかりは、手をしっかり握りしめたので、爪が手に食い込み血がにじみで出ていました。私は力いっぱい指を開こうとしたのですが、指が折れても開きそうもありませんでした。妻はこれは注射のせいだ、といっていました。」 ワルターが、こいう病気の暗示を自分の都合のよい様に悪用していたことは、夫人の説明で明らかになった。「いま私は、こんな苦しみがどうして起きたか、始めてわかりました。ワルターが気に入らないと、”ここが痛む、あそこが痛む。血がにごる。肺が腐る。”言うのです。そのうち実家の父母も、夫もお金をくれなくなったので、私がお金は持ってこられない、と言うと、”よろしい。キヤツらを思い知らせてやる。お前がひどい病気になれば、キヤツらもあわてて金を出すだろう。”と言うのです。 それからもひどく胃が痛み、ワルターが撫でてくれない限り、治りませんでした。こういう苦しみも、全くあの人が自分の欲望を満たすためにした事だ、と言う事は今ははっきりわかりわかりました。」 こうしてワルターは、E夫人から合計3,000マルク(時価で約33万円)ばかりをせしめたのです。されに、ワルターは催眠中夫人を辱かしめたばかりでなく、彼の友人達に夫人の体を売り渡して、金儲けさせていました。 てない様に条件づけられていた。)と、ワルターは、夫人が夫を殺す様に仕向けた。その方法は、 一方では、夫がほかに女が出来たために夫人を殺そうとしていると暗示して、夫人の憎悪感の感情(殺意の感情的素地)を起こさせる事、他方では、夫人がそれに気づかずに、夫の死をもたらすような行動を取るように暗示することだった。 1933年と34年には、私はたえづ治療の事で、また治療代が高いと言う事で、夫と言い争いになりました。ワルターは、夫が居なくなれば、苦しむ事はないだろう、と言い、薬屋で家具磨きの薬を買う様に言いました。それを食べ物に入れて食べらせれば、夫が死んでも誰にも怪しまれない、と言うのです。 はじめは「私もためられいましたが、帰宅したときには、私が非常に興奮していましたので、主人から外出を禁止されていましたので、薬を入手する事が出来ませんでした。然し、どうしても実行しまければならぬ、と言う感念が強く私を支配していまして、非常に苦しみました。翌日はいくらか平静を取り戻して、ついにこの観念から打ち勝つ事が出来ました。」 この様にしてワルターは夫のピストルを利用して自殺をさせようと試みたが未遂に終わった。コーヒーに毒を入れて、また毒茸を食べさせる事をしたり、夫のモーターサイクルのブレイキのネジを緩めて置いたりE夫人は6回も夫の命を断つ事を試みたが、いろいろな偶然が幸いして、事なきをえた。 ワルターはE氏の殺害を図ったばかりでなく、ついに夫人を自殺させて証拠を隠滅しようとしたが、これも運よく成功しないで終わりました。 1936年6月裁判が終わって、ワルターはワルターは10年の懲役を宣言されました。 この事件の示すもの ヘイデルベルヒ事件は、犯罪史上にも、催眠史上にも、まれに見る特異なケースです。これによって催眠と犯罪の一般的関係を考えるのには、よはど慎重でなければなりません。E夫人に、精神病や神経症の徴候があったなら、道徳上の欠如、あるいは、被暗示性の異常高進と言うような傾向が見られたならば、この事件は心理学上、まったく意味の無い物になってしまいます。この点において、一流の専門家が精密検査をおこない、完全な正常であることを確かめました。 この事件で、注目を引くのは、夫人の異常ともいえるほどの被暗示性の高さと、犯人の催眠技術の非常な巧妙さです。しかし、夫人の実家の人達が、どうして数年間もほっておいたのか、と言う点も、我々は不思議に思われます。しかしこれだけの条件が揃ったこそ、ヘイデルベルヒ事件のような異常な犯罪が起こり得たのでしょう。 この例の様に、他人に暗示を与えて犯罪を実行させる(それが未遂の終わろうとしても)ことの道徳観念に著しく反する行為は、何度も繰り返して強く暗示しない限り、容易に実行されるものでは有りません。しいて実行させようとすれば、たいていは眼を覚ましてしまいます。まして夫人のように、催眠の暗示を覚醒後に実行すると言う事は、よはど深い催眠に誘導して巧みに暗示を与えるのでなければ、必ず失敗します。もしたやすく暗示に応じたならば、それは相手が、犯罪的な性格を持っていた場合だと考えられます。 催眠と犯罪の関係については、いろいろな実験が行われています。被験者の刀身がゴムでつくた刀を持たせて、人を刺すように暗示したときは、すぐに暗示が實行されたが、本当の刀を持たせた場合は、ためらって暗示は實行されなかった。と言うような例が報告されています。Estabrooks: Hypnotism)。こういう実験から判断して、人はどんな深い催眠状態に置かれても、道徳的人格まで侵されるものではないとも主張されています。この説では、催眠暗示で犯罪を実行させることは、その人がもともと犯罪者傾向を持った人でない限り、不可能だということになります。 引用、参考文献: 藤本 正雄著 催眠術入門 光文社1959 元日産生命保険相互会社名誉会長 故藤本正雄先生は筆者の恩師であり、特にハイデルベルヒ事件については生前多くの指導をうけました。 |